2007年3月 6日 (火)

人生いろいろ(20)

私が働き始めた頃はバブルの真っ只中でした。借金をしてもそれ以上の収入がありましたから、怖いものはありませんでした。特にボーナスが多かったですね。毎月の収入は若いということもあってそれほどでもなかったのですが、ボーナスは三桁いってました。そんな生活を送っていたわけですから、当然のことながら金銭感覚も麻痺してくるわけです。

それに輪をかけたのがクレジットカード、お金が手元になくても買い物ができるわけです。便利と引き換えに借金を背負わせるわけです。そして、このカードローンがのちのちの私の人生を狂わせていったのです。

人間というものは不思議な生き物です。大金を手にすると気も大きくなってしまうんですね。たとえそれが稼いだ金でなく、借金で作った金だとしてもです。あの優越感は何とも言えません。それを得たくて再び借金をする。まるで蟻地獄のようにどんどんと深みにはまって行くんです。

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2007年3月 5日 (月)

人生いろいろ(19)

かの俳優の松田勇作が生前に言った言葉が思い出されます。〝私は家に帰っても演じ続けなければならない〟だと思ったんですが・・・彼がどのようなシチュエーションで、彼がどんなことを考えてその言葉を発したかわかりません。でも、私は私なりに解釈していました。そう、男は家庭でもいい夫、いい父親を演じ続けなければいけないと・・・私はいい夫ではありませんでした。でも、いい夫を演じ続けようとはしていました。そこにギャップが生じてしまったんですね・・・

折りしも世の中はバブルの真っ只中!仕事にかこつけては毎日のように遊び続ける毎日、でも家では常にいい夫を、いい夫という仮面をかぶり続けていたんです。決して本心をさらけ出そうとしなかった。いや、それがいい夫の条件だとさえ思っていたんでしょうね。腫れ物に触るように家族に接する自分と一旦外へ出ると羽目をはずしまくる自分、自分で二重人格をコントロールしていた、それを使い分けていたんです。その頃からカードローンで借金をする日々が始まりました・・・

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2007年3月 4日 (日)

人生いろいろ(18)

男にとって妻の両親と同居するということはどんなことでしょうか?もちろん、その人にもよります。ある人に言わせれば〝いいね、楽でしょ?〟なんてことも言われます。でも、それは妻の両親と性格的に合う場合だけです。私は妻の両親とは合わなかった・・・そう、第一印象から生理的に合わなかったのです。

男女問わず、最初の出会い、それも第一印象と言うものはものすごく大事だと思います。今後付き合って行く上で、第一印象が半分以上を占めるのではないでしょうか?もちろん、例外のありますが、でも、私の場合は第一印象で妻の両親とは生理的に合わないと感じてしまったんです。もちろん、妻の両親と同居するなんて事は、結婚が決まってからも考えたこともありませんでした。でも、妻の妊娠とつわりがひどく入院するに至っては、妻の両親も黙っていられなかったんでしょうね。

幸いにして同じ敷地内の別棟に住むことにはなったんですが、何かと口を挟んでくる摘むあの両親には本当に辟易してしまいました。それが自分の中で物凄いストレスとなっていったんです。ましてや結婚が決まってから妻への気持ちが冷めていてはなお更ですよね・・・

アニメのサザエさんのマスオさん、あれは空想の世界です。理想の世界です。現実はぜんぜん違います。もちろん、世の中にはそれに近いような家族もいると思います。でも私の場合は違っていたんです。結婚とは人生の墓場だ、その言葉が常に頭の中で鳴り響いていました・・・

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2007年3月 3日 (土)

人生いろいろ(17)

そんなこんなで結婚生活が始まったわけですが、新婚旅行で子供もできてしまいました。いわゆるハネムーンベイビーってやつですね。この時はうれしさと同時に、一抹の不安に襲われました。理由はもちろん、性病のことです。完治したとはいえその後の不安はどうしても拭いきれませんでした。でも、そんな不安とは裏腹に回りは祝福ムードに包まれて行く。それもたまらなく辛いというか、不安になりましたね。

つわり、男にとっては全く縁も所縁もないものです。でも女性にとっては非常に辛いものらしいですね。妻もそうでした。口にするものすべてを吐き出し、しまいには何も口にすることができず、しまいには吐くものもなくなり胃液を吐く日々を過ごしていました。そしてとうとう入院する羽目に・・・点滴を受け、それで栄養を取る毎日。およそ10日ぐらい入院していたんではないでしょうか。さすがのその時は心配はしました。

そして、妻の退院に合わせるように私たち夫婦は妻の両親と同居するようになったのです。

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人生いろいろ(16)

結婚が決まって自分の気持ちがどんどんと冷めていく・・・これって相手にとっては屈辱以外の何物でもないですよね。でも、わかっていても自分ではどうしようもない、そんな気持ちをひた隠し結婚生活が始まりました。

もちろん、気持ちが冷めていては、その行動も伴うものではありません。この頃から自分の中にもう一人の自分が形成されていったんでしょうね。かといって二重人格というほどのものではありません。家を離れるとたがが外れたようになる自分がいるんです。おそらく結婚というものに真摯に向き合わず、逃げていたんでしょうね。

それが知らず知らずのうちに、いや知っていたんだけれどそれを認めようとしない自分もいた、ストレスとなってあらゆる方向に向かって行ってしまったんです。それが破滅の道とわかっていても引き返そうとしなかった。引き返したくなかった。そうしていつも問題を先延ばしにしていたんです。

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2007年3月 1日 (木)

人生いろいろ(15)

結婚は最初から意識していました。もちろん、年齢的なものが大きかったですね。だから、付き合う=結婚という図式が頭の中でありました。しかし、年齢的なもののほかにもう一つ自分の中にあったのです。

それは性病のことです。もちろん、完治はしていましたが、それでも心配でした。でもできちゃった婚ではありません。そこはちゃんと順序は守りました。でも、子供ができたら、いやそれよりも相手の女性がすでに感染していたらどうしよう・・・なんて事も考えなくはありませんでした。まあ、それは思い過ごしだったんですがね。

でも、やはり心配でした。責任という言葉は簡単に口に出せませんが、やはり責任という言葉が適切だったような気がします。そして、とにかく結婚には至りました。しかし、男というものはどうしてこうも身勝手なのでしょうか、結婚するまでは猪突猛進ではありませんが、押して押して押し捲っていた自分が、結婚が決まってからというものの冷める一方でした。

相手に失礼だとは思っていましたが、こればかりは自分の意に反しどうしようもなかったですね。結婚とは人生の墓場だとはよく言ったものです。まさしく人生の墓場、棺おけに片足を突っ込んでいたんですね。そして、私の人生は結婚を機にどんどんと転がり始めて行ったんです。

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2007年2月28日 (水)

人生いろいろ(14)

そんな時、バイト先で一人の女性と知り合い、付き合うようになりました。それが、いずれ結婚に至ったのですが・・・しかし、結婚するにしてもアルバイトでは話になりません。定職にも就かずブラブラしている男の元に結婚などを許せるはずもありません。

そしてバイト先の先輩の友人のところに就職することになりました。それまで営業などやったこともなく、営業がどんなものかもわかりませんでした。しかし、性格なのでしょうか、本来の人当たりのよさが功を奏し以外にも営業が自分にあっているもののように感じられました。

しかし仕事も慣れてくるといけませんね。営業で外に出ることが多いので、色々と目移りしちゃうんですね。もちろん、最初は真面目に仕事をこなしていました。自分で言うのもなんですが、飲み込みも早いほうで仕事をこなしていくのもさほど苦にもしませんでした。そして数ヶ月も経つと余裕も出てきます。ましてや遊び好きの先輩なんかに誘われると、それこそフラフラとついていってしまう・・・ましてや都会の繁華街まで仕事で出かけることも多く、誘惑に負けてしまうんです。こうして堕落した人生にどんどんと輪をかけていくことになったのです。

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2007年2月27日 (火)

人生いろいろ(13)

堕落した生活は心までをも堕落させていきます。バイト先の若い連中とつるんでは遊びに明け暮れる日々をすごす。あの大学を辞めた志はすっかりと空の彼方へ飛んで行ってしまいました。

その頃はこれからの人生設計など考えることもなく、ただ毎日を如何に面白く過ごすか、それしか考えていなかったですね・・・若さ、一言で言ってしまえばそれまでですが、怖いものも、将来の不安も何もなかった。周りが見えてない時期でした。

これから何をしようか、やりたいことが見つかるまでのつなぎでしかなかったアルバイト、でもやりたいことなんか見つかりません。いや、真剣に見つけようとしなかったんでしょうね。自分の不甲斐なさ、自分の愚かさをまざまざと見せつけられた、でも、それを自分で認めようとしない、意地だけが自分を支えていたような気がします。

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2007年2月22日 (木)

人生いろいろ(12)

アルバイトは気楽です。仕事はレストランの厨房の皿洗い。お客さんからは目に入らず、コックさんと一緒にいつも遊んでいました。一番年下ということもあり、随分と可愛がっていただきました。アルバイトの分際で社員と一緒にサークル活動も参加したりと、結構やりたい放題だったと思います。結局は責任なんてありませんからね、それはもう気楽です。

しかし、人間と言うのは一旦楽を覚えると、そこから中々抜け出せない。それまで休みもなく、朝から晩まで働き通しだったのとは全く違い、時間に出勤して、時間になったらタイムカードをチンするという生ぬるい生活にどっぷりと足まで浸かってしまいました・・・もちろん、収入も約3分の1ほどになったのは否めません。しかし、それでも抜け出そうとしなかったのは、よほど楽だったんでしょうね・・・でも、少ない収入ながらも性病を感知させ懲りずに風俗通ったのは言うまでもありません・・・

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2007年2月21日 (水)

人生いろいろ(11)

仕事も辞め、プータローの身となり、おまけに梅毒で医者通い、最低ですよね!(笑)しばらくは仕事もするでもなく、今で言うニートの生活を送っていました。自分で何かをしたいと言う明確な目標もなく大学を辞めたわけですから、もう何も考えられなかったですね。昼間はパチンコか喫茶店に行くぐらいしかやる事もなく、ただ毎日を過ごしているだけでした・・・

まあ、もうチョットギャンブルも強ければいいんでしょうが、これがまた弱い!勝負事はことごとく負ける(笑)パチプロなんかも無理なわけです。多少は残っていた貯金も底をつき、アルバイトを始めました・・・まあ、やりたい事が見つかるまでの〝つなぎ〟としか考えていませんでした。でも、真剣に見つけようとは考えていなかったんでしょうね。ましてや従来のお調子もんの性格が災いしてか、バイト先でも社員さんやバイト仲間と遊びに走ってしまいました。まあ、もともとが遊ぶ金欲しさに就職したようなもんですから、再びお金を手にしてしまうとどうしても遊んじゃうんですね・・・そんなこんなのアルバイト生活も2年ほど続きました・・・

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